最近SNSを見ると疲れる。
作品を「正しい/間違い」で裁く空気が、たぶん原因のひとつだと思う。
最近SNSを見ていると疲れることが増えました。
こういうのは避ければいいだけの話なんですが、たくさんの人の考え方を知る必要があるときもあります(仕事上)。なので、嫌でも見るときや、ふと目に入ってくることがあります。
今のところ深く書くつもりはない(時間がない言い訳な)ので、サクッと書きます(時間ができたら付け足すかもしれません)。
私は、多くの作品はその人の思想がにじむものだと思っています。もちろん例外はありますが、多少なりとも影響はあるはずだ、という前提で見ています。
正確には「影響を与える」というより、その人の環境や生き方そのものが作品になっている、という感覚に近いです。
当然だろう、と思う人もいるかもしれません。
でも最近SNSを見ていると、これが当たり前じゃないように扱われている場面を見かけることが増えました。なので、ちょっと筆を取りました。
作品が思想の延長なら、受け取る側の感想も「面白い」「面白くない」とか、「好き」「嫌い」とか、そういうものになると思っています。
ここまでは普通の話だと思います。
作品は「正しい/間違い」じゃなくて、「好き/嫌い」で見たい。
※ここで言う「正しい/間違い」は、倫理や社会問題の議論を否定したい話ではなく、感想が“採点”になっていく空気への違和感です。
ただ、そこで「正解だ」とか「不正解だ」とか、「正しい」とか「正しくない」とか、そういう評価のされ方を見ると、個人的にはナンセンスだなと感じます。
これは悪だと言いたいわけではなくて、作品に対する感想としては、ちょっと窮屈というか、あまりセンスの良い見方じゃないんじゃないか、というのが私の意見です。ふわっとしてるし賛否あると思いますが。
最近はこういう「正しい/正しくない」で作品を見ようとする意見が目立っている気がします。
それを見ていると、今後自分が何か書いたときも同じような枠で見られるのかな、と思って、正直ちょっと不愉快というか、居心地が悪いです。だから先に手を打っておこう、という話でした。これは誰かを殴るためというより、自分が今後ブログを書くうえでの前提として残しておきたかった、みたいな。
私は作品を作っている側ではなく、消費している側なので、「間違えている」こともあると思います。そのときは言ってください。
まだ考えが固まっているわけではありませんし、これから意見が変わることもあると思います。
その変化も含めて、ここに残していけたらいいなと思っています。
短いですが、今回はこの辺で。
またふらっと読んでもらえたら嬉しいです。

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